【小説】記憶は無いが、時間はまだ有る

記憶を失った元審神者と、彼女の近侍だった人間無骨の話。平たく言うとむこさにです。

2026-06-06 00:00:00
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-十月-

チャイムが鳴った。
ホームルームを終えた生徒たちが、続々と教室を出て、皆が各々の場所に散っていく。部活動に向かったり、放課後どこかに遊びに行こうと友達と話したり、図書室に自習に向かったり、わき目もふらずさっさと荷物をまとめたりしている。

その中である少女は、一人で荷物をまとめる側の人間であった。
有海(あみ)、今日は一人?」
「そうだよ」
「一緒に帰ってもいい?」
「いいよ」
「即答じゃん。いいの!?」
「別に気にしない」
有海と呼ばれた少女に話しかけた彼女は、有海がこれから何をするのか知っている。知っているから、ちょっと驚く。
二人は、高校の最寄り駅の途中にある小さな公園に入っていった。二人がベンチに座ると、有海がスケッチブックと鉛筆を取り出し、公園に出入りする人々をスケッチし始めた。有海は人間観察が好きであった。そして彼女はどこか、目に映るものを自分ごとではなく、客観的に見ている節があった。
「ねえ有海」
「ん、何」
「ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてる」
「ごめんごめん、変なこと聞いちゃった」
「大丈夫。気にしてない」
それから少し間をおいてこう返す。
「怜奈のそういうところは、いつものことだから」
「もう~。あはは」
有海と会話をすると、大体有海の反応がそっけないように聞こえるため、多くの人が興味本位で近づいては離れていった。そんな中で、彼女の幼馴染の怜奈だけは、そんなつかみどころのない有海とよく会話をしている。有海にとっては、自分を取り巻く客観的な状況の一部でしかない……ように見えるような気がしなくもない。

1時間が経った。スケッチブックのページは、有海の印象に反して、生き生きとした素描でいっぱいになっていた。
「よし、帰る」
「そだね」
日が傾き、空は徐々に橙色に色づいていた。二人は公園をあとにした。

小さなワンマン電車に揺られながら、会話は続く。二人は同じ駅で降りることになっている。
「有海の家ってさ、なんか只者じゃない雰囲気漂ってるよね」
「そうかな」
「ちっちゃいお屋敷みたい!まあ中は見たことないけど」
「私は他の人の家あんまり見たことないから、わかんない」
「そうだよね。有海、前からいつも忙しそうだったしねえ」
有海はうなずいた。
「びっくりしたよ、急にウチの学校に編入してくるっていうんだもん。私たち、別の高校だったもんね……あっちではどうだった?」
「あんまり出れてないから覚えてない」
「やっぱそうか~。あっち共学でしょ?いやー、有海があっちにいるうちに良いクラスメイトとか紹介してもらえたらとか思っちゃって!」
「む。」
「冗談だよ冗談!」
「む?むむむ……」
有海は会話の途中で、何かに気づいたような顔をした後、考えこみ始めた。デジャヴのような光景……になりそこなったモヤのイメージ。経験がないはずなのに馴染みがある何か。その片鱗に、何かをきっかけにちらっと触れた気がする。でも、何が?
「えっ、なんか壊れた?有海~。」
怜奈は有海の頭を軽くチョップした。
「私はテレビじゃないよ」
「よかった、壊れてなかった」
「なんか思い出しそうだったけど、忘れちゃった」
「うわ、考え事の邪魔しちゃったか。ごめん」
その時、電車のアナウンスが聞こえる。
「ご乗車いただきありがとうございます。次は――」
「あっ次じゃん。降りよう」
「うん」
二人はいそいそと立ち上がり、電車を降りる準備をした。

有海は、叔母に少しずつ髪を切って整えてもらっていた。
桐生有海は、半月に一度髪を切る。こまめすぎるかもしれないが、彼女、いや彼女たちの家系のもとに生まれた女性たちは代々そうしている。
有海の父の家系……桐生家の血を継ぐ女性は、髪が魂と強い結びつきをもつとされ、髪を切り落とすことで自らの魂を切り分け、誰かに力として分け与えることができるのだ。ただ、それゆえに一気にたくさんの髪を切り落とすと、大きな代償を払うことになってしまう。この桐生家の者は昔からそういう呪術、あるいはまじないを使うことで人々を支え、名声を陰ながら築いてきた名家だ。
この能力を受け継いでいることや、その術の扱い方については父の妹にあたる叔母に教わった。今では互いの髪を整え合ったりする関係だ。

1か月ほど前、有海は病院のベッドで目が覚めた。以前まではずっと長く伸ばし、三つ編みにしていた髪がなくなり、ボブほどの短さになっていたので、そうなった原因をさっぱり思い出せないのは、いわゆる力の代償なのだろう。
家族の話によると、自分は3か月ほど眠っていたらしい。退院したら、幼馴染が通っている高校に転入して、日常の生活に戻ろうという話になった。
これが、有海が知っている範囲のことのあらましである。

その夜、有海は布団の中で思案を巡らせていた。それが誰かも、何があったかも思い出せないけれど、自分にも、大きな代償を払って助けたいと思う誰かがいたんだろう。その人は元気にしているだろうか?していなかったら、私の行動がムダになったということだから、元気にはしていてくれるといい。そして、もしその誰かと自分が出会うことがあったら、その人は自分に感謝を告げるのだろうか?それとも、大きな犠牲を払ったことをたしなめるのだろうか?でも私はその人のことを覚えていないから、その気持ちを正しく受け取れないかもしれない。
目に映るもののほとんどが観察対象にすぎなくて、いつも傍観者でしかないはずの自分が、珍しくこんなことを考えている。不思議だなあと思いながら、有海は眠りについた。

一方その日の深夜。
街灯に照らされた路地で、槍を構える男がいた。灰色の大きめの上着を着ていて、フードを目深にかぶっている。男は、狼のような影の群れに囲まれていた。男は絶えず槍を振り回しながら、影を振り払っていく。
「此レで最後!」
槍は十字の形に刃が伸びており、街灯にギラギラと照らされた。
「ム。骨の無い相手は、つまらない……」
そこにひときわ存在感の強い影が1体、ゆらりと姿を現す。男は、槍の鋒を向ける。
「主人に見つかってはいけないと言われていル。すぐに片をつけル……」
返事はない。
「……ム。貴様も言葉を解さぬ化生の類か」
影は変わらず、ふらふらと半透明の身体を揺らす。
「ならば、ぶっ倒すのみィッ!」
勢いよく跳び上がると同時に、フードが脱げ、彼の髪型が露になった。真っ白で、端に紫のグラデーションが入っている特徴的な髪色。後ろで束ねた髪はボリュームがある。
影は刀を抜き、振り下ろされた男の槍を受け止めた。
「うム、多少は骨があルか。ならば好都合!此レに幽霊を斬ル逸話はない故に」
男は流れるように連続で槍を振り、相手の攻撃を防ぎつつ突破口を探る。双方の刃が激しくぶつかり合う。しかし鍔迫り合いを繰り広げるうちに、開けた通りに出てしまった。ふらりと動いた影は、方向を転換し飛び出した。
「……主人!」
男は、飛び出していった影を追う。あの影は、男が主人と呼ぶ者がいる場所に近づいている。
影は、裏口の前でゆらゆら揺れ、足を止めている。中に入れないようだ。
「ム、此レは……結界……?」
効力はそれほどではないが、こまめに補強が繰り返されているらしい。
影は気配に気づき、ギギ……と振り向く。影が気づいた時にはすでに遅く、影の首元(らしき部位)に十文字槍の鋒が迫っていた。男は刃物のように研ぎ澄まされた、鋭い視線を向ける。次の瞬間には、影の首が吹き飛び、身体は塵のように霧散した。
月光に照らされる槍の表面には、文字が刻まれていた。「人間無骨」。それがその槍の名前であった。
槍はどこからか現れたケースの中に瞬時にしまわれた。ケースを背負うと、男はその場を後にしようとした。その時、寝巻姿の少女が、つっかけを履き、家の裏口から出てきた。
「駅ならあっち、お墓ならそっち」
「しゅ……」
「しゅ?」
男は、嘘くさい咳払いをする。
「うム。丁度道に迷っていたとこロ」
そしてそれ以上口をきくことなく、駅の方に歩いていった。季節外れの桜の花びらが、ふわりと目の前をかすめた。

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