「それで昨日の夜、面白いもの見た」
「えー、何?」
昼休み。有海と怜奈は雑談に花を咲かせていた。
「大きなケースを背負った、パンクな髪型の男の人。バンドマンの幽霊かも」
「なんで幽霊!?有海が見えるって言っても不思議じゃないけどさ」
「なんか、この世の生き物って感じがしなかった」
「変なの!それで?除霊とかしたの?塩撒くとかさ」
「駅はあっち、お墓はそっちって伝えたら駅の方に行った」
「駅の方……?幽霊じゃないんじゃないの?」
「とっくの前に終電の時間は過ぎてたよ」
「じゃあなんで駅に案内したのよ〜!」
「電車に未練がある幽霊かなって。うちの周りに人が死ぬような場所なんてそこぐらいしかない」
「成仏してってこと?それなら始発まで待たされちゃうじゃんその幽霊!鬼畜!」
突然気づいたような顔をした有海はちょっと考える。
「あっ。あるいは私に未練がある幽霊……?」
「じゃあ追い返さない方がよかったかもって?」
「いいや。また会いそうな気がするし」
「ふふ!実は帰ったふりして私の後ろに憑いてる……とか言っちゃうわけ?」
「あるかもね」
「もう!怖いこと言わないでよぉ!」
怜奈は有海のおでこを小突いた。もし次幽霊に会ったら、始発まで待たせたことを謝ろう、と有海は考えたりした。
今日の有海の帰宅は一人だ。怜奈は園芸部の活動で植物の水やりの当番に当たっているらしい。人気の少ない静かな電車に乗り込む。
電車の中には、政府広報が多くぶら下がっている。国家公務員・審神者の募集。年齢、経験、出身、出自不問。審査を受けて、適性があればすぐになれるし、福利厚生も充実。そうでなくても訓練生としての採用や歴防本部のバックオフィス職員としての採用もあるらしい。にしても、こんな田舎の電車でまで宣伝をしないといけないぐらい人材不足なんだろうか。大変そうだなあ。そんなことを考えながら、有海は文庫本を取り出し、小説を読み始めた。
そうして10分ほど電車に揺られていたら、トンネルに入った瞬間、車両内の明かりが落ちる。明かりが戻ったころには、おおよそ一般的な動物や人間とは思えない骨格をした、影のように真っ黒な生き物が車内に姿を現した。顔(らしき部位)を上げると、有海のほうを見た。今にも有海に襲いかかろうとしている。有海はハサミを取り出し右手に持つと、有事に備えて伸ばしている短い三つ編みをもう片手でつまんだ。しかし、助けを求められ、力を譲れるような者は周りにいない。その時。
「シャアアアアッ!」
天井にあるハッチが開き、何者かが上から飛び込んできて、謎の影に覆いかぶさった。手に持った槍で突き刺され、影は塵のようになって姿を消した。
「ム、主人。大事ないか」
「しゅじん……?」
男は立ち上がり、歩み寄る。私にこの人の記憶はないけれど、きっと記憶が消えている範囲のどこかで出会った人なのだろう。そう思えば不思議なことはない。
「むむ……!」
「ム」
「私、あなたのことをすっかり忘れてしまって」
「うム」
男は、ちょっと残念そうにしながらうなずいた。
「でもなぜか、「む」ってよく言う誰かのことを覚えてて」
「ム……」
「あなたの口癖だったのか」
「おそらく」
彼の知る範囲に、「ム」が口癖の仲間はいない。それを聞いて、推測に過ぎないけれど、有海はこう答える。
「あなたのこと、忘れてしまってごめんなさい。あなたにとって、私は大事な存在なのかもしれないのに」
「……此レからまたたくさんぶっ倒せば良い。其レだけのこと」
「名前、聞いておいたほうがいいのかな」
「此レは鬼武蔵の相棒、人間無骨。此度は、主人を護ル命を受けて来た」
持っていた槍と同じ名前――「人間無骨」と名乗った男は、微笑んだ。
「とこロで主人」
「何?」
ぐう……と誰かのおなかが鳴る。きっと人間無骨だろう。
「何かを食べらレル場所はないだロウか」
「うちの周りは田舎だから、あんまりそういう店無い」
有海はちょっと考えて、路線図を見る。
「次の駅はそこそこ大きい駅だし、そこで途中下車しよう」
「あれ、人間無骨はどこから乗ったの。私は定期があるけれど……」
「切符ならあル」
「あるんだ……」
有海は、てっきり電車の上に飛び乗って不正乗車していたのかと思っていた。
「主人がこの時刻に車内で襲わレルのが分かっていた故、経費で買った」
「何で分かるの……」
「積もる話は後程」
2人は途中下車し、喫茶店に入った。有海はコーヒー、人間無骨は軽食を注文し、人間無骨は有海に事のあらましを説明した。
桐生有海はかつて、時の政府からスカウトを受けた審神者なる者だった。様々な物の声を聴き、多くの刀剣男士(刀剣の付喪神の一種)を迎え入れ、模範的な形で彼女の本丸を運営していた。彼女はある局面で自身の能力を酷使した結果、3か月間目を覚まさなかった上に、審神者として働いていたころの記憶をほとんど失っていた。
たぐいまれなる素質と能力を持ち合わせている桐生有海は、時間遡行軍側に引き込むべく、遡行軍から狙われ続けている。かつて彼女の近侍を務めていた人間無骨に課せられた任務は、その彼女を守るというものである。狭い市街地での戦闘が多くなると予想される任務を、小回りが利かない槍の刀剣男士である人間無骨単騎に任せることに対し不安がる声もあるという……
「要するに、あなたは私のお付きの人だったというわけか」
「うム。主人は理解が早い」
人間無骨は少し得意げな顔をした。
「にしても……私審神者やってたのか。全く記憶ないけど」
人間無骨はサンドイッチ2人前を注文した。(会計は経費扱いで政府持ちになるらしい)
「にしてもよく食べるんだね」
「うム。骨身が動けば腹が減ル」
「それはそうか。あなたは多分私の知らないところでもいっぱい刺客を倒してるだろうから」
人間無骨はうなずきながら、カツサンドをほおばった。有海も、ミルクを入れたコーヒーを一口飲んだ。
「主人」
「何?」
「主人は舞台装置ではなかった筈」
「……」
有海は、心の中を見透かされたようだった。
「主人もまた、此レらと共に舞台に立つ登場人物であった。此レはそう思う」
「人間無骨……」
それは、ずっと舞台裏で舞台照明の係をやっていたつもりだったのに、実はそこも舞台の一部で、スポットライトに照らされたような感覚だった。
「此レらのことを覚えていなかったとしても、主人とまた話ができて良かった」
喫茶店を出て、1人と1振りは別れる。
「其レでは、また」
「また」
有海は、その場を去る人間無骨に、おとなしめに手を振った。
そして、人間無骨が彼女に語らなかった事実が一つある。
人間無骨が守るのは、彼女自身でもあり……彼女が1年後、何らかのきっかけで審神者に復帰する歴史でもあるということだ。